(第2集)
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(2008年6月 人参の章) 2011年のデジタル放送切り替わりにより、 新たな電波塔が建てられ、今の 名古屋テレビ塔は第一の役目を終える。 しかし、かつての名古屋名物である。 まだ余命はある。これからどう活用するか、 新たな役目を見いだして欲しい。 人間も同じ運命、余命をどう生きるか、 現役時代より重要なことに思われる。 |
| (2008年5月 連翹の章) 威勢のよかったトドマツ林も地形の 変化により、枯れ木となり朽ちていく。 何とも荒涼とした風景である。 人生もまたこのごとし。 いや、このまま環境破壊が進むと 人類の終末の姿であろうか。 *トドワラとは、砂嘴の上のトドマツ林が 枯木群に変化したもの。 北海道野付半島に見られる。 |
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(2008年4月 花蘇芳の章) ボクにとって車中は絶好の読書場所に なっている。意外に集中できるのである。 しかし、春はこの場所でも 快さに惰眠に落ちてしまう。 自宅にいるときならなおさらである。 これは至福の時間である。 人生に必要な時間である。 惰眠というと、何か後ろめたい気がする。 福眠、要眠などと言うのはどうだろうか。 |
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(2008年3月 柊南天の章) もうぼちぼちかなと思っていた桜が、 暖かさにつられていっせいに開いた。 寒々とした街がいっぺんに明るく、 にぎやかになった。 人の口も軽くなる。 あちこちで話の花が咲く。 こんな時期を満喫した。 花の命は短い。 |
| (2008年2月 花月の章) 駅には出会いや別れ、いろいろな 思い出があるものである。 その駅も最近は自動改札機の設置など、 新しく改造されることが多くなっている。 便利になり嬉しいことではあるが、 同時に思い出も消えてしまって 寂しい思いをすることも多い。 あれもこれもというわけには 行かないものである。 人生すべてのことに言えそうである。 |
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(2008年1月 柚子の章) まだまだ寒い日が続く。 でも原っぱで蕗の薹を見つけた。 春の近いことを感じる。 忍び寄る春が逃げないように 息をひそめてじっと見る。 季節は巡りめくもの、冬の次は春だ。 同じようだが少しずつ形を変えて来る。 生活も人生も自然も少しづつ良い方に 変わって欲しいものだが・・・・。 |
| (2007年12月 万年青の章) 鳥用に残り20個ばかりになった柿を そのまま柿の木に残しておいた。 それをめざして数羽の椋鳥が 毎日やって来た。 上手についばむ姿を見るのは、楽しい。 それも後一つになった。 この後どうなるのであろう。 ボクに残された柿は後いくつあるのだろう。 |
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(2007年11月 千日紅の章) 優勝にもスポーツや学問いろいろあり、 いろいろな涙がある。 しかし、今年の中京地区の人にとって、 優勝の涙は何と言っても中日ドラゴンズの 日本シリーズ優勝であろう。 53年ぶりである。 ファンにとっては涙が出るというものだ。 良い秋だった。 もう何回嬉し涙を流せるのだろう。 |
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(2007年10月 柿の章) 流れ星は美しい。その先にあるのは何か。 「流れ星が消えないうちに願い事を3回唱え ると願いがかなう」という言い伝えがある。 期待したいのが人情である。 3回唱えるのはなかなか難しいが、 1回でもその効果は期待したい。 星空は街の明るさや空気の 汚れで見えににくなった。 きれいな星空を取り戻したいものだ。 |
| (2007年9月 藪蘭の章) 「傷口は気にすると大きくなる」 と逆のことも言える。 人間心身とも、傷口を気にし始めると もうどうしようもない。 そしてますます傷口は大きくなる。 人間には自然治癒力がある。 すべてのことは時間が解決する、 と開き直って気にしないと、 自然小さくなり、そのうち治っている。 |
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(2007年8月 鬼灯の章) 今年の夏は過去の最高気温を更新する 地域が続出した。全く暑い夏であった。 暑い日は少し動いてもしゃべっても ますます暑く感じられる。 こんな時は、一人静かに思いにふけり、 黙って考える。これも1つの避暑法である。 「心頭滅却すれば火もまた涼し」である。 大の字になって沈思黙考、 これも1つの至福の時間である。 |
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(2007年7月 茄子の章) 人生最後のつもりで自宅改装した。 書斎兼居間も装い新たとなった。 新しい部屋に気分も新たになる。 今まで音楽をかけることも少なかったが、 BGMとしてかけてみる。 ミュ−ジックも新しい部屋のひとつの装いだ。 何かゆったりと快い気分になってくる。 当分部屋にいる時間が長くなりそうだ。 |
| (2007年6月 下野の章) 雑草という名の草はないというが、 でも雑草といわれるものは全く強い。 取っても取って、生えてくる。 すべての生物の命はひとつだと思うが、 雑草についてはとてもそうとは思えない。 命がいくつあるのと聞いてみたくなる。 雑草のような強さが、現代っ子、 現代人には必要ではなかろうか。 |
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(2007年5月 睡蓮の章) 親であろうとだれであろうと、心の内まで 知られるのは嫌なものである。 特にお医者さんには、心細くなっている 気持ちを知られるのは、嫌である。 しかし、隠そうとすればするほど 鼓動は高鳴り読み取られるのである。 本当は心の内まで読み取ってもらって 治療してもらうのが良いのである。 開き直りも必要である。 |
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(2007年4月 辛夷の章) 春は大変気持ちの良い季節であるが、 入学や入社、また退職と、新しい生活が 始まり、楽しみと共に、何かと 心不安定になる季節でもある。 精神安定剤が必要になるときもあろう。 精神の安定に役立つものもいろいろある。 写真のようなものが役立つ人もあろう。 それぞれの安定剤をうまく見つけ出し、 乗り切っていきたいものだ。 |
| (2007年3月 豌豆の章) 雨降りは概して嫌なもの、その分、 雨上がりは空気もきれいになり、 風も爽やか、散歩もしたくなる。 ふとかたわらを見ると、 知らぬ間に花が咲いている。 慈雨を受け植物も一層生長する。 人間も苦しみを乗り越えて、 始めて成長するもの、 苦労の後の成長が楽しみである。 |
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(2007年2月 梅の章) 「海は広いな、大きいな・・・・」 そんな海を見ていると、人間の小さな心も 広くなり、晴れ晴れとしてくる。 ストレスが溜まったら、下手なことを 考える前に海へ行こう。 足よ、そんな海を忘れないでくれ。 |
| (2007年1月 姫橘の章) 良いこと、悪いこと、いろいろあって人生。 怒りたいときや泣きたいときもあろう。 でもいつまでも続くものではない。 今日と違った明日が来る。 嫌なことは、大きな声で笑ってやりすごそう。 そして良い明日を迎えよう。 今日良いからといって、 明日はどうなるか分からない、 そのことも忘れないように。 |
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| (2006年12月 楓の章) 濁った空からきれいな空気を 求めるのは難しい。 澄みきった空から清い風が 吹くのは至極当然である。 世の中のこと原因があって結果がある。 「健全なる精神は健全なる身体に宿る」 元から正すことが肝心である。 |
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(2006年11月 梅擬の章) 36年といえば、どんな人にしろ、 どんな事にしろ、いろいろな変遷がある。 それがどんな色にしろ、 歴史の重みがある。 それだけで尊いのである。 五色沼のように美しいのである。 ボクにとって36年は結婚生活である。 お互いほめたたえよう。 |
| (2006年10月 金木犀の章) 空はどこまでも高く晴れ上がる。 こんな日は我が鬱々した 心も解き放たれる。 環境は人を左右する。 地球は我々世代だけのものではない。 澄んだ空や川、きれいな空気や街、 子孫に残していきたいものだ。 |
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(2006年9月 蕎麦の章) 秋は旅、出かけるのに好都合の季節である。 サア、どこへ出かけようか・・・・。 以前なら人の話、広告紙などであろうが、 今はインターネットである。 キーボードを叩いて調べる。 行き先もホテル予約も、列車の時刻も。 確かに便利になった。 さて、その便利さに落とし穴はないだろうか。 |
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(2006年8月 風船蔓の章) 人生泣いたり笑ったり、 いろいろなドラマがある。 しかし、多くは家族の愛、絆によって めでたく終演となる。 富を得ようと、名声を得ようと、 家族がバラバラ、冷え切っていては 本当の幸せは得られない。 人生突き詰めていくと最後は家族である ということをつくづく知るこのごろである。 |
| (2006年7月 合歓木の章) 新しい人生だ!いちにっさん 二人三脚でいちにっさん 新しい靴を買っていちにっさん いつまでも元気でいちにっさん 若さだ若さだ!いちにっさん |
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(2006年6月 馬鈴薯の章) 何年と続けてきた生活、習慣である。 退職したからと言って 急に変わるものではない。 もっとゆっくり寝ていてもいいものを、 同じ時間に起きている。 妻は不満顔である。 でも健康にはこれでいいのだ。 妻にかまわず、早寝早起きだ。 |
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(2006年5月 紫蘭の章) 伸びた枝がとなりの木に接して、 そのまま一体化してしまった夫婦杉。 そこから水分も養分も行き来する。 当然愛も行き来していることだろう。 屋久杉のすごさ、生命力に驚かされる。 これが本来の自然のなせる技なのだ。 |
| (2006年4月 桜の章) 海は広いな大きいな・・・・・ 穏やかな海の前に立つと 気持ちがおおらかに、素直になる。 そんな海の前に妻と立つ。 黙して語らず、お互い今までの 人生をふり返っているのだ。 かみしめているのは確かだ。 ボクの定年退職記念旅行に、 妻と八重山諸島の海を見た。 |
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| (2006年3月 猫柳の章) 消費社会に毒され、ついいろいろな ものを買い、溜まってしまう。 思い切って捨てようと大掃除をするが、 つい未練があって残してしまう。 どこの家庭もこのくり返しであろう。 定年退職で38年の生活に別れを告げる。 これは最大の整理するチャンスである。 どこまで未練を断ち切れるか、 我ながら興味がある。 |
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(2006年2月 青木の章) この歳まで来ると数え切れないほどの 失敗、つまずきを重ね、そして、それらの 蹉跌にどのように対応したのか、 その結果としての今がある。 逆にささやかながらも成功や幸運もある。 その結果として今がある。 他人はつい別々に捉えがちであるが、 本人は総合的、肯定的に捉えたいものだ。 |
| (2006年1月 篝火花の章) ウォーキングに行きたし、 されど強い雨に足がためらっている。 ウォーキングは足がまず第一、 足に拒否されてはどうしようもない。 その足をなだめねばならない。 我が身ながら、それぞれの部位に 不利、有利があり それをうまくまとめねば何事も進めぬ。 身の回りも同じである。 |
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(2005年12月 枇杷の章) 風邪をひいて辛いときくらい、不要な 髭など伸びないでくれよといいたい。 しかし、そんなことお構いもなしに いつもと同じように伸び、 ゴリゴリと剃って出かけねばならない。 そう都合良く行かないのが人生、 受け入れざるものは素直に受け入れ、 穏やかに生きていくのを善しとしよう。 |
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(2005年11月 背高泡立草の章) 暑かった夏が過ぎ、過ごしやすい 季候になったなと思うまもなく、 寒くなる。本当に 過ごしやすい期間はわずかである。 その間にしておきたいことも多い。 秋が早足なら、僕らも歩幅を広げて さっそうと歩こう。 そしてやることはやらねば。 人生の適期もまたそんなものである。 |
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(2005年10月 紫式部の章) 旅に出る魅力に、日常から離れ、 旅情を感じることも一つ。 車窓からの景色にふと いろいろな思いにかられる。 しかし、新幹線はそんな思いを 抱く間もなく目的地へ。 便利ではあるが、ゆとりがなくなり 失ったものも大きい。 |
| (2005年9月 萩の章) 七転び八起きはだるまの得意ごと。 でも限度がある。 起きなければ転ばない、 もう起きることは止めだ。 夢を持ち続けることは重要だが、 見極めをつけることも重要だ。 ボクはもう定年だ。 |
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(2005年8月 夾竹桃の章) 折角の休みも妻が出かけていては どうにもならぬ、全く不便だ。 お茶も入らなければ、 時間つぶしにも困る。 仕方なくパソコンのキーを叩くが、 それが妻の代わりになるでもなし・・・・。 早く帰ってきてくれ! |
(2005年7月 金糸梅の章) さすが万博、素晴らしいパビリオン、 楽しいイベントに、 快い風に吹かれて1日を過ごす。 しかし、その後がいけない。 ドッと帰る人の渦に巻き込まれる。 いつまで待てばいいのか帰りの電車。 少し早めに帰るべきだった。 すべて満足は要注意! 何事も腹八分か・・・・。 |
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(2005年6月 石榴の章) 変化球を投げて相手を惑わせる つもりであったが、何ととんでもない 球に自失茫然、自分を見失う。 よくあることである。 まあ、世の中の多くのことは直球勝負、 変な小細工はせずに、正々堂々と行こう。 真心は天に通じる。 |
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(2005年5月 小手毬の章) そうなのだ、幸せの根源は 母の温もりなのだ。 自分の回りをじっと見回したら 逝った今もあそこにもここにも残っていた。 産んでくれてありがとう。 いつまでも温もりを送ってくれてありがとう。 私幸せです。子や孫にも伝えます。 |
| (2005年4月 馬酔木の章) ふと目を上げたら目が合ってしまった。 これは何か縁があるからだ。 何かほほえんだ気がする。 この後どうしよう・・・じっと待つか・・・ 男だから積極的に出るか・・・。 このチャンスを生かさない方法はない。 いくつになっても男は哀れなものである。 ただの偶然だけなのに。 |
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| (2005年3月 木瓜の章) パソコンの知識も十分でないのに、 ボクには必要不可欠なものになってしまった。 それだけに少し思うようにならないと、 大慌てになってしまう。 特にインターネットが使えないと、 このホームページは更新できないし、 メールが気になって半狂乱になっていく。 厄介なものと縁ができてしまった。 しかし、全くありがたくも便利なものである。 |
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(2005年2月 寒椿の章) バレンタインデーは、たとえ義理 チョコでももう範疇外である。 それは認めているが、それでも 「今日はバレンタインデーだな」と 頭がよぎる。どこかにまだ少し 期待する気があったのであろう。 浅ましい意識である。 でも、きっぱりとできないところを 生きている証としておこう。 |
(2005年1月 万両の章) 昨日までと同じ朝日であるが、 なぜか元日の朝日には 神々しいものを感じてしまう。 つい、身を正して、手を合わせ、 そして、思ってもいなかった殊勝な 誓いをつぶやいてしまう。 3日も過ぎれば忘れてしまう ことではあるが・・・・。 |
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(2004年12月 石蕗の章) 相対する相手から握手を求められたら、 はっきり拒否するか、渋々ながら応じるか。 応じれば妥協することになる。 それが考えどころである。 しかし、ここは勇気を奮って応じるか。 我々は往々にしてどうでもいい ところで我を張るものである。 妥協が生きていくと言うことでもある。 |
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(2004年11月 菊の章) ついに思いのたけを言ってしまった夕食時、 (どうも良い話ではなそうだ) 気まずい空気が流れる。 その後の食事は、言った言葉が気になって 味も分からない。 ボクも若い頃何回もしでかした失敗。 言葉はTPO(時・場所・状況)が重要だ。 |
| (2004年10月 鶏頭の章) 10月第3日曜日が「孫の日」と知った。 プレゼントする口実ができた。 4歳児と0歳児の孫に何を送ろう。 絵本が一番だ。 早速買いに行く。 絵本コーナーを覗くのは いつ以来のことだろう。 |
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(2004年9月 月下美人の章) あれほど暑かった夏も過ぎ、 風に秋を感じるようになった。 夕方の風が冷たく感じるようになると、 何か哀愁も感じてくる。 そんな時、昔のことが話したくなる。 私もそんな年になった。 夜長にゆっくり聞いてくれる 友が欲しい、家族が欲しい。 |
| (2004年8月 向日葵の章) 毎日数え切れないほどの人やものに 支えられて生きている。 電気、水道、そして、列車などが 止まるともう大混乱である。 自ら生きている部分もあるが、 生かされている部分がいかに多いか、 よく知って日々を過ごす必要がある。 そこに感謝の気持ちが生まれる。 |
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| (2004年7月 梔子の章) 人間調子の良いときは、自分の力と 過信し、それがいつまでも 続くように思いがちである。 しかし、そんなことはあり得ない。 気がつかないだけで周りの大きな 力に生かされているのだ。 人に優しくできるときにはしておこう。 情けは人のためならず |
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(2004年6月 紫陽花の章) 身も心も巣立ちの準備はできた。 あれほど降っていた雨も上がり、 空には虹が・・・・ 飛び立つ好機である。 誰にもチャンスはやってくる。 それをうまく捉えるか、逃すか・・・ 人生はそれに大きく左右される。 川柳を始めるチャンスですよ・・・ |
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(2004年5月 撫子の章) B子を捨てるべきと思いながらも、 ぐずぐずしているうちに本当に欲しいA子を 失ってしまった。人生よくあるパターンだ。 二兎を追うもの一兎を得ず 中途半端は大事なものを見失う。 捨てるものは思い切りよく捨てて、 次の目標に向かって進もう。 私にとって、君にとって B子とは・・・A子とは・・・・ |
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(2004年4月 蒲公英の章) 無風の中のこいのぼりは哀れなものである。 元気よく泳ごうにも自分ではどうすることも できず、ただ悶々とするのみである。 我々はどうであろうか。 もちろん順風がいいであろうが、刺激に 慣れすぎた現代人が、無風もまた 良しとすることができるであろうか。 人間はこいのぼりとは違うのだから・・・・・ |
| (2004年3月 侘助の章) あれはあなたが勝手に描いていた夢なの! 泣いていたとて始まらぬ、 一心不乱に歩きなさい。 そうすれば忘れられます。 歩く効用は私が一番良く知っています。 私を信じなさい! |
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| (2004年2月 蕗の薹の章) 人間無視されることほど 面白くないものはない。 逆に、関心を持たれると嬉しいものである。 僕を見ている人は少なくとも僕に関心がある。 嬉しくてつい好意を持ってしまう。 ところが往々にその目は軽蔑の目で あったり、獲物をねらう目であったりする。 まずは、自分というものをよく 見つめることが大切である。 |
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(2004年1月 葉牡丹の章) 赤ちゃんが生まれるのに、大人の都合など 関係ない。わが孫は予定日を過ぎても なかなか生まれてこない。これは日を 選んでいるからであろう。 そして、選んだ日は大晦日である。 一度聞いたら忘れない。そして、 その年の扶養控除の対象にもなる。 さすがわが孫、良くできた孫である。 |
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(2003年12月 南天の章) 「あなたの未来は明るいですか?」 「いえ、私の未来は暗いです」 「では、あなたの未来は暗くなる ためにあるのですか?」 「・・・・いえ、そうではありません」 「では、この句を意識して生きていって ください。明るくなると信じていれば、 明るくなります。信じていなければ、 かなえられません」 |
| (2003年11月 千両の章) 僕がどうしていようと、どうであろうと 関わりなく柿は時期が来れば柿自身と 自然の力で知らぬ間に熟していく。 僕の力で回っていること何てあるのだろうか、 あってもわずかなものである。 まして、自分中心で回っているなんて 大間違いである。 我々はまわりと一緒に生き、 生かされているのである。 |
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(2003年10月 彼岸花の章) どこまでも清々しい、どこまでも清い青空。 どんなに汚れたものも、醜いものも この青空に出会えば、身をただされる、 清潔なものになる。 人はそれぞれそんな侵すことが できないものを持っている。 そして、人は大きなまちがいも 起こさず生きている。 |
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(2003年9月 薄の章) 茜色の空にススキがゆったり揺れている。 そんな景色の中に身を置けば、 昼間の騒々しさも遠いものとなり、 穏やかな気分に浸ってくる。 これを平和という。 現代人はついこんな時間を忘れがち、 多く持てるように心がけたいものだ。 |
| (2003年8月 百日紅の章) 冷夏は涼しくていいかと言えば、 やはり夏には夏の暑さが必要。 その冷夏に悶々としながらも、 一部の人は別に、一般凡人は 不平を言いながらもやるしかない。 走るのを、働くのを、努力するのを止めたら、 更に冷たいところに落ちるのである。 |
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| (2003年7月 捩花の章) コーヒーの香りが私は好きである。 そんな香りに浸っていると何事も よい方に考えてしまう。 よい知らせに思いを馳せながら ゆっくりコーヒーを飲む時間は 至福の時間である。 |
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(2003年6月 百合の章) 食事をするにも好きなものから食べる人、 好きなものは後に残しておく人、様々である。 同様に、いやなことに出会うと後回しに する人、先に済ませてしまう人、 私はどちらも後者の気がする。 どうせ避けられぬならいやなことは さっさと済ませ、気分スッキリ次に望みたい。 皆さんはいかがでしょうか? |
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